もし君がと言ひかけやめる福寿草

(もしきみがといいかけやめるふくじゅそう)

NHKラジオ「文芸選評」(自由題)に投句。2018年1月5日の放送で読んでいただきました(入選15句に入りました)。鈴木章和先生選。「文芸選評」で入選することが今年の目標のひとつだったので、新年早々目標をひとつ達成でき、幸先のよいスタートとなりました。鈴木章和先生の選評は以下のとおりでした。

「もし君が」という書き出しで短い文章を作りなさいという宿題が出たら何を書きますか。 いろんな設定がある。「もし君がここにいなかったら僕はどうなっていただろうか」とか、「もし君が別のあの人だったらなあ」とか、「もし君が今不治の病に冒されていたとしたら」とか、いろいろ想像できるんですよね。ここでは、「もし君がと言ひかけてやめる」と書いてあるわけですから、何を言おうとしたのかはわからない。俳句の短さというのは、それを想像してもらう一面もあるのですが、もし君がどうしてどうなったのかは、読み手に全部委ねちゃってるという、あるいは問題だけを提示してあとは言わないでおくという、何をイメージしてもいいわけですが、でもこの作品はひとつの季語、最後に「福寿草」を置くことで作者は福寿草にまつわる文字を「こんな風に想像してください」というようなことを促しているわけですね。福寿草って、明るくて、とても幸福感に満ちた花ですよ。ですから、「もし君が」と言うことで、暗いイメージでははない、何か楽しくなるような、未来に心が動くような、そんなことを暗示しているんだと思うんですよね。これ、福寿草だからそれがわかるんですが、たとえばもっと違うね、たとえば「雪催」とかね、「北風」とかだとぜんぜん違う読み方になりますね。これ福寿草があることで幸福感があるような気がしますよね。この句、福寿草の太陽のような眩しい黄色、これが何を意味するかは私たちそれぞれに思えばいいことではあるんですけど、福寿草は単なる季語の範疇を超えて多くの物語を生んでくれる、そういう季語になってますよね。

鈴木章和先生、素敵な選評をありがとうございました。感無量です。

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